来年の目標は、10年後、20年後の自分から振り返って決める。

もうすぐ今年も終わり。来年の目標は…といいたいところだが、今度はちょっと違う目標設定の仕方をしたい。

「これから10年後・20年後にどうなってたいか、なんて考え方は違うんだよな。10年後や20年後の自分から今の自分を振り返って、こうなるにはどうしたらいいか考えるんだよ。そうすると自ずとやるべきことが見えてくるから。」

これは、オーストラリアで出会ったある人の話から。その頃、これから先をどうしようか考えあぐねていた。だから、この逆の発想がずいぶん心強かった。将来のわたしから見たら、今のわたしが不足しているなんて当然。これから補えばいいと思えたから。

ワーキングホリデーも2年目が終わろうとしていた頃、学生ビザを申請して最後に英語学校にもう一度通い始めた。ビジネスビザの話もあり、その後の進路を決めかねていたのもあった。その結論を迷いのないように決めたいのもあったし、自分の英語がどこまで伸びたかを試すためにも学校に行くことにした。

その学校は、宿題の多さで有名なスパルタ校だった。しかし、教えることの本当に好きな先生たちが揃っている環境で、学びたい欲をものすごく刺激してくれた。
その中でも、ちょっと違う存在感の先生がいた。40代後半くらい、いつも、もじゃもじゃのグレーの髪に、おおきな眼鏡、あまり笑わない口元。それがジョージだった。(そういや、英語学校では先生のこともファーストネームで呼んでた)

生徒たちからは、変わってるという評判だったが、わたしは授業の進め方や、合間に語られる彼の人生観に関する話が好きだった。放課後の追加の授業も進んでとっていたが、他に生徒はいなかったり、途中から来なくなったりした。それで、授業はほとんど二人だけだった。だから、よく彼の話も聞かせてもらった。

ジョージは、ギリシャからの移民で、家族と一緒に10歳の頃にオーストラリアにやって来たそうだ。彼は、高校を出た後、多くの移民がそうするようにタクシーの運転手をしていた。が、ある日、乗客から「タクシーの運転手なんかやってる奴らは頭が悪いんだ」と馬鹿にされ、大げんかしたらしい。最後には、「そこまで言うんだったら、大学を出て英語教師になってやる!」と啖呵を切ったそうだ。(言った後もその客は「絶対、無理だ!」と言ったらしいが…)
それから本当に、大学を卒業して英語の教師になった。
「あの時は、本当に頭に来たけどね、大学に行ってよかったよ。今でも運転手をして同じ生活をしてかもしれないなんて、もう考えたくないね。教えることが楽しいからね。」

その頃は、今より若かったのもあり目先のことしか見えてなかった、と言っていたが、頭に来たことで人生を方向転換させたってすごいエネルギー。英語教師歴も長くなり、上級のクラスも受け持てるようになって、やりたかったこと・ここでできることは全部やったらしい。それで今度は、また大学の授業をいくつか履修して別の仕事をしたいとも言っていた。その関連の本も空き時間に読み漁っているようだった。(わたしにも「本はたくさん読みなさい。」といつも言っていたな。)

日本じゃ(もしくは地元では)、こんな「フラフラしてる」おじさん会ったことなかったもんな。「フラフラしている」と言われるわたしが親近感を持ったのは、そういう理由もあったかもしれない。でも、それって、決していつも「途中で投げ出す」とイコールではない。自分で決めたことを全部やり切ったから、次へ移る。
もちろん、長年同じことを続け見える境地もあるだろう、それも有り。でも、たくさんある興味をそれぞれ突き詰める好奇心と行動力がもたらす境地もある。変化が、数十年後の自分から見て必要なことだったら?それも有り。

これから先、10年後、20年後はどんな自分になっていたいか。そこに到達する過程の一年が来年2013年。
よく、学校で「来年の抱負」って書かされたけど、なんかよくわかってなかったもんな。どこへ行きたいのかわからないまま、交通手段は選べない。

わたしが、来年すべきことは?
…考えすぎでも動けなくなるタイプなので、とりあえず動いたり休んだりしながら考えます。また、楽しいことやらかしますよ!!