何故長期ボランティアをしながら東南アジアを旅しているのか?

初めて一人で海外に行ったのは、高校2年生の時で、
アジアの新興国の一つであるインドネシア、それも、山奥の児童養護施設でした。

 

その時もボランティアとして参加したのですが、それは、忘れられない、強烈な経験になりました。だからこそ、こんなに長く新興国にこだわっているのでしょうね。

 

洗濯物は手洗い、トイレは穴が開いているだけ、ネズミやゴキブリだらけの超過酷と言えば、過酷な環境でしたが、当時高校生の私には屁のかっぱだったのです。

ティーンエイジャーの力とは、素晴らしいですね。

 

毎日が刺激的で、美しく、楽しくて仕方がありませんでした。

しかし、やはり困難にはぶつかるもので、昼間は底抜けに明るい子供たちですが、夜になるとその様子は豹変。まるで断末魔のような声を上げて、泣き叫ぶ子供たちがいました。
彼らの中には、親に酷い虐待をされた子もいて、彼らはそんなトラウマと日々、戦っていたのですね。

 

愕然としました。
勿論、日本にも虐待はありますし、実際私自身、日本の児童養護施設でボランティアをしていたので、それはよーく、わかっていました。

しかし、毎日寝食を共にし、昼間は明るい笑顔を覗かせる彼らのその姿は、本当に胸が痛かった。

 

ある日、施設の前にまだ生後一週間ほどの赤ちゃんが捨てられていました。

まだ目が開ききったばかりの、目の大きな、可愛い可愛い女の子。

「何故、こんなに愛らしい子を…。」と思っていると、施設のマザーが手を赤ん坊の前にかざします。手を振るような感じで。そうするとマザーは、「この子、目が見えていない。」と言いました。
その子は、生まれつき、全盲だったのです。

生まれて、やっと目が開いたころ、自分の子どもの目が見えないと知った母親は、どんな気持ちでその子を、施設の前に捨てて行ったのでしょうか。

その子の名前を、マザーは「アデル」と名付けました。

 

このような強烈な経験は、否応なく私の人生を変えていきました。
それから4年間、様々なボランティアに参加してきました。その中で酸いも甘いも、知って、「ボランティアなんかになんの意味があるのか。」「自分というちっぽけな存在に何ができるのか。」そんな疑問も抱えながら、何とかやっています。

ボランティアや、新興国の問題は、本当に様々な要素が絡まり合っていて、一言では決して言い切れない、本当に難しいものです。

私の原体験はこういったものでした。

何分、ブログ初心者で分からないことだらけの私ですが、主に、
「新興国のボランティア情報、東南アジアの観光スポット、現地のお得情報、文化情報」などを中心に発信していけたらなと思っております!

今日の記事は、以上になります!それではまた明日!