【アイルランド留学トルコ映画 雪の轍編】これからの耳と、ダブリンの目👀

またまたトルコネタを1つだけ。🇹🇷

 

トルコ映画で一番好きな作品があって、カッパドキアを舞台にした

[雪の轍]

こちらは2014年にカンヌのパルム・ドール賞を獲っているのでご存知の方も多いかと思います。

 

時間の流れ方の器用さに心身どっぷりとはまってしまう映画です。

 

 

その監督の最新作

[The Wild Pear Tree]がダブリンにも先週ようやっと公開になったのでダッシュで観てきました。(トルコでは6月公開、日本ではまだ未定のようです。😢お願い配給会社が早く見立ててくれますように。)

“3時間”という上映時間は

体感、”3時間”を優に超えるくらいこのまま一生終わらないんじゃないか🤔っていうくらい視覚的長さを感じましたが。

この”終わらない描写”はわざとなんでしょうか?

見えない物語のお尻部分と、煮え切らない胴体が、やっぱりこの監督独特の時間軸過ぎて

人間離れした、植物に近い{息の根}を感じさせられました。🌱

 

前回のブログにも書きましたが

私はトルコ語の語感がすごく大好きで、聞いているだけで音楽を聴いているみたいに耳で受け取ってしまいます。

な、もんで。英語字幕を追うよりも耳で鮮度を聞いていたら

さっぱり内容が入ってこないっていう……..w

本末転倒ぶり。

なんとなくは、もちろん映像から摑み取れました、

が。

随所随所、さっぱり意味わからないところがありましたので映画のレビューにはてんでならないんですが。

 

物語は青春の終わりから始まります。

大学を卒業して、実家に帰ってきた青年と。

取り巻く家族。これから彼がどうやってお金を稼いでいくか問いただされる現実。(と、言い訳。)

人生の夏休みと言える大学生活を過ごした後に戻る地元は、

誰しもがつまらなさや、刺激のなさを体感してしまいがちです。

変わらない街と、変わってしまった自分。

恋愛の描写も、伸び代がなく。

結局はもう全て終わってしまった青春に思いがつまるだけです。

青春だけが全てなのでしょうか?

若いというだけで、果たしてなんでもできてしまうエネルギーがあるのでしょうか?

 

彼がやりたいことと、作り上げた小説[the wild pear tree] 。

売り上げが伴わなく

落ち込む主人公と、カメラワークのもってきようがニヒルさを醸し出しています。

落ちていくばかりの気持ちと、やりたいことがあるようでないことの狭間に。

想いが爆発する。ラストシーン。

 

この映画の捉え方は2通り…というよりは。

100通りくらいありそう。

 

国や生きてきた価値観が違う人たち、また世代や性別。好きなものへの熱情の傾け方。

私はとっても気持ちの持ってきように困ったエンドロールを迎えました。

 

 

ただ、イスタンブールの街並みがとっても魅力的なのと。

主人公が、友人2人とただただ

道なりを連なって歩きながら、日常の話を口に出す描写(10分くらい)

かわるがわるアングルや描写に、時折弾む声音、美しい景色に、坂道を下っていくシーンはまるでヒップホップのMVを見ているようでした。

*青春映画が嫌いな人にはぴったりの作品です。

たぶん、これを高校生の時に観たら微塵も惹かれないだろうなという想いはそっと胸に馳せます。

(自分が死ぬとか、知らない間に世界が終わる瞬間に似ているかも。🤔)