【ニュージーランド留学】【渡航前に…】~新しい自分への挑戦~

ここでは私が人と話せなかった頃の話を記事にしています。
症状についての記事をご覧になっていない方は、こちらをご覧ください。
”場面緘黙症”について

中学生時代、仲良くなった友達含め数人で、
カラオケに行く機会がありました。
人生で初めてのカラオケ。
声を発さなくてはいけない音楽の授業は
小学生の時大嫌いだったので、少し抵抗があったのですが、
行ってみると新しい世界を知ったような気持ちになりました。
友達の歌声を初めて聴き、その時鳥肌が立ったのです。
う、上手い。。。
自由に歌うみんなに背中を押され歌ってみたら、
楽しい!
それに加えて、今まで自分の歌声なんて…と思っていた私の歌を
上手いと言ってくれる友達がいたのです。
そこから私は歌うことが好きになり、同じ趣味を持つ友達と一緒に
しょっちゅう歌って踊ったりしていました。
あんなに人と話せなかった私がこんなに楽しい時間を過ごせているなんて
幸せでしかありませんでした。
きっと幸せをかみしめる力は
この症状を経験した人はより強く感じやすいと思います。
この時本当に生きててよかったと実感しました。

そして、小学生の時点では、
こんな自分を好きになんてなってくれる人なんて
絶対にいない!と決めつけていたので、
これからは某アイドルグループ一本で生きていこう。
とその時の自分にかなり痛い誓いをたてたのですが、
嬉しいことにその誓いが破られる日が来ました。

こんな私でも好きになってくれる人がいるのか!
と、めちゃくちゃ嬉しくて仕方ありませんでした。
といっても、手も繋げたか繋げなかったかはっきり覚えていませんが・・・
そんなこんなで、この辺りから自分を確立していくようになります。

高校は地元から少し外れた高校へ。
その理由は、普通科ではなく総合学科という、
自分で勉強したい科目を選択できる高校でした。
その高校で、私は昔大嫌いだったはずの音楽を専攻し、
バンドを2つ組むこととなりました。
担当はボーカル。
地元のお祭りでは一人で舞台に立って歌ったりもしました。
まさかあんなに声を発することが嫌いだった私が、
人前で歌うことが大好きになるなんて自分でもびっくりしました。
舞台に立つときの喋りは苦手なのですが、
歌う瞬間にスイッチが入り、その緊張感がたまらなくなりました。

高校を卒業する時、進路の話へ。
今思うと、大学に行っていれば色んな選択肢ができて将来の幅が広がったかなとは思うのですが、
当時の私は、そこに価値を見いだせませんでした。
そんな気持ちのまま、親の脛をかじって生きるよりも
早く働いて、苦労かけた分親に恩返しがしたい
という気持ちの方が強く、就職することを選びました。

いざ仕事となると、どんな職業につくのが良いのか全く見当もつきませんでした。
しかし、進路指導のすごく優しい先生が
「あなたにピッタリの仕事があるの^^」
と、魔法使いのおばさんのように言ってきました。
なんだろう、、
と思いその仕事内容を見ると、ゴルフショップの販売員の仕事でした。
「先生、ゴルフなんて全然興味ないし、務まるかわからないです」というと
「大丈夫!新入社員で入る子たちはみんなそうだから^^」
という風に説得され、自分でもよく考えました。
声すら発せられなかった私がこんな仕事務まるのか?
しかし、今までの経験が私を強くしていました。

この経験を機に、失っていた6年間のコミュニケーション能力を取り戻そう。
人と話すことを恐れずに克服しよう!と
この会社の面接を受ける前に、最低でも2年は働こうと心に決めました。
続きは【正直に職歴を公開します】で記事にしていく予定ですが、
留学情報についてそろそろUPしていかなくては・・・と思っております。
ですので、次回は間に留学情報を挟みます!!

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