【ニュージーランド留学】【渡航前に…】場面緘黙症を克服するために

今回の記事は、私が留学に至るまでの本当に根本的な部分を記事にしますので、
海外・留学情報だけを知りたいんだ!という方はこの記事を飛ばしてご覧ください。

前回の続きにはなりますが、私がどうやって場面緘黙症を克服したのかを記載しますね。
この症状を持っている人は、周りよりも自分の症状についてちゃんと把握しているのです。
周りから見ると、甘えているように見えたり、
いつになったら喋るの?と思われていたりしますが、
それは本人が一番よくわかっています。

だからこそ、この矛盾した状況がとてももどかしく、改善したくて仕方ないのです。

これは誰にでも当てはまることだと思うのですが、
改善できるチャンスは、環境が変わる時。
中学生になる時しかない!そう心に決めていました。

といっても完全に環境が変わるわけではないので、すごく慎重でした。
6年間一緒にいた友達の前で、いきなり喋りだすことにより
さらに注目の的になってしまうことを恐れました。

しかし、ひとつの偶然が私を変えるきっかけとなりました。
小学生の時、私はとあるアイドルグループがとんでもなく好きで、
そのグループのロゴが入ったキーホルダーを鞄につけていたのです。
すると、違う地域から来た同級生の一人が私の元へやってきて
「○○(アイドルグループ名)好きなん?」
と嬉しそうに声をかけてきてくれたのです。

ここでどう返すかで、今後の人生に関わってくるぞ
と思った私は思い切って
「うん!」
頷くだけではなく、声に出してみました。
そこからその友達の友達がやってきて
「よかったな~(友達の名前)、○○好きな子がおって!」
「キーホルダー見て話しかけるかソワソワしててんで~!」
というような感じで寄ってきてくれたのです。
その明るい雰囲気にのまれ、
私はいつのまにか、その子たちと普通に話せるようになっていました。
そして徐々に、他の子たちとも話せるようになりました。
最初は慣れるまで苦労しました。
6年間話していなかった友達に話しかけられる時は
すごくドキドキしていましたし、
やはりその友達の前では口数が少なくなっていました。
しかし、ゆっくりと時間をかけて少しずつ話せるようになっていったと思います。
小学生の時の友達の一人が、私と話した時に
「話せるようになったんだね~!よかった^^」
と優しく迎えてくれた時、複雑な気持ちと嬉しい気持ちがあったのを覚えています。

学校環境はなんとかクリアしたのですが、
家庭環境を変えるのはかなり難しく、
実は全ての身内と話せるようになったのは
それから数年後だったと思います。
そのきっかけは、いとこの2番目のお姉ちゃんが与えてくれました。
その人には不思議と人の心を開く力があり、
何かの言葉をきっかけにすっと話せるようになりました。
その後母が泣いていたのを覚えています。

本人も苦しい思いをしていますが、サポートしてくれている周りの人達も
それはそれは大変だったと思います。
周りの人がどういったサポートをするべきなのか、
正確な答えがないのではっきりと言えませんが、
ひとつ言えるのは、この症状のことを責めないであげてほしいです。
そして、本人が安心できる居場所を作ってあげてほしいです。
子供の場合とても繊細なので、大人が自分のために居場所を作ってくれている、
ということは言わなくてもしっかりと伝わっています。
この症状を持っていれば尚更、人の気持ちを理解する能力は身についているはずです。

私は長い間話せなかっただけあって、昔の私を知っている人と話すとき、
今でもどぎまぎしてしまうことがあります。

でも変われたことは自分にとってたくさんの自信をつける糧となりました。

そこからの人生が、ドラマのように変わっていきます。
次回、「新しい自分への挑戦」へ続く・・・

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