[KIMIKADOOR] フィリピンの偉人3選!①

こんにちは! 9代目フィリピンOneのきみちゃんです🇵🇭

フィリピンへの出発が約2週間後に迫ってきましたが

まだ全く準備に取り掛かっていません💦

まぁ大丈夫でしょう!笑

 

さて、今回は2週間後に僕が訪れるフィリピンの偉人について調べたので

書いていきたいと思います!

 

まずは1人目!

独立の父 ホセ・リサール!

本名は「ホセ・プロタシオ・メルカード・リサール・アロンソ・イ・レアロンダ」だそうです。

すごく長いですね。そしてイケメン笑

 

今回はホセ呼びでいきます。

ホセは語学が堪能で、8歳の時には母国語であるタガログ語はもちろん、スペイン語もマスターしていたそうです。

初等教育が終わってからは、現在のアテネオ・デ・マニラ大学で農学や土地測量などを学びました。

その後、母が目を患ったことにより、医学を志すようになります。

ホセはスペインへの留学を志し、長い船旅の末に21歳でマドリード大学の医学部と哲文学部に入学します。

5年間でフランス語、イタリア語、ポルトガル語、カタルーニャ語、中国語、英語

ドイツ語、オランダ語、スウェーデン語、ロシア語、ラテン語、ギリシャ語

ヘブライ語、サンスクリット語を習得した上

中国語、日本語、タガログ語、ビサヤ語、イロカノ語を研究していたそうです。

いやいや、一体何ヶ国語勉強するねんってツッコミたくなりますよね笑

 

そろそろ独立の話に移りましょう!

ホセは「ラ・リガ・フィリピナ(フィリピン同盟)」という組織を作り

スペインの支配からソフトランディングしてフィリピンの改革を目指すつもりだったようです。

しかし、出る杭は打たれるというのは世の常で、ホセはフィリピン当局に逮捕されてしまいます。

そして、問題なく刑期を終えた後、医師として生きていくことを選択。

植民地で一番偉い総督に「軍医として働かせていただけませんか」と希望を出しました。

反逆の疑いで逮捕されたのになかなかの度胸ですが、これが許可されて

任地であるスペイン領キューバに向かうことになります。

しかし、この船旅の間にフィリピンで別の人達による独立運動が始まり

ホセも関与を疑われたことで、フィリピンに送り返されてしまいました。
そして軍法会議の後、同じ年のうちに銃殺刑となってしまったのです。

 

ホセの死から3年後、フィリピンは独立します。

なかなか端折った紹介になってしまいましたが

要は、ホセは超天才で、フィリピンの独立に尽力した人物であるということです😄

さぁ、次回は誰が出てくるでしょうか?😏

あと2回あるので、皆さん楽しみにしていてください!

 

今回の記事を書くのに参考にさせてもらった(ほとんどぱくった)ページはこちらになります!

もっと詳しく知りたい方は是非そちらも見てみてください!

 

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