マルタの歴史⑩ーWWI時代のマルター【Tales of Letters】

マルタの歴史10回目!

 

今回の時代は
第一次世界大戦と第二次世界大戦時代(1900年―1950年頃)

少し長いので今回は第一次世界大戦
のみでブログを書かせて頂きますね。

 

1914年、ヨーロッパ諸国は複雑な同盟関係
そして対立関係で緊張が高まった時期でした。
そしてオーストリア=ハンガリーの暗殺事件
きっかけに世界は連合国と同盟国に分離
大規模な戦争が始まります。
これがあの第一次世界大戦ですね。

 

マルタはイギリスの統治下にあったために
連合国側に参戦しました。
連合国の地中海戦線の補給地と負傷者回復拠点でした。
マルタは「地中海の看護師」だったわけです。

 

しかし、当時のマルタはこの大戦前から
経済が落ち込んでいました。
地中海の数ある港に劣り、政府の収入は落ち込みました。
また、イギリスの軍事産業に依存していたマルタ
イギリスの軍事費削減が行われるたびに
マルタも経済も苦しくなるという状況がありました。

 

第一次世界大戦の勃発
マルタは大戦中に、経済不安から
イギリスに対し自治拡大を求め暴動(6日間暴動
第一次世界大戦後も反イギリスとして、
自治拡大の運動は続く事となります。
1919年にヴァレッタに集まった市民で再度暴動が発生
多くの被害が出たと言われています。

同年、イギリスはマルタの自治を認めます。
全ての国内事項はマルタ自身が、
軍事、外交はイギリスが行っていきます。
一方、日本軍は連合軍側として参戦していました。
イギリスとの同盟があった日本は海軍を
マルタへと送り、主に補給線の護衛に。

 

大戦中に日本海軍は敵潜水艦との交戦により
駆逐艦1隻を撃破され59名の戦死者がでたそうです。
いまでも戦死者慰霊碑がマルタにカルカーラに残っています。

 

今回はここまで。
次回はWW2時期についてご説明いたします。
いつも読んでくださり、どうもありがとうございます。

 

Miku

 

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