マルタの歴史⑨ー望まれた統治!?ー【Tales of Letters】

マルタの歴史第9回目!

 

今回は
イギリス統治の時代(―1900年頃)
を紹介します!

 

1802年、平和を望んだフランスのナポレオン
イギリスとの講和条約を結びます。
アミアン条約と呼ばれます。
この条約ではマルタからのイギリス軍撤退
マルタの統治権をマルタ騎士団へ戻すことが記載されました。

しかしマルタは、
力が弱まりつつある騎士団の統治を拒む事となります。
様々な大国が地中海の要所である
マルタを狙っている事が判明したためでした。
最終的にはマルタは

イギリス軍にマルタに滞在し続ける事を願いました。

先の講和条約も崩れ、再びフランスとの戦争となった
イギリス軍はこのマルタを占領下に置き、守る事を受け入れ。
正式にマルタはイギリスの占領下になります。

イギリスは騎士団の下で培われたマルタの
熱心なカトリック教会ローマ教皇庁の繋がりに苦労したそうです。
一時はカトリック教会の権利を剥奪
しかし得策ではないと判断されたのか、
1831年にカトリック教会の権利を認めています。
その後モスタにあるドームの建設が始まりました。
このドームはヨーロッパで3番目に大きなドームです。

時間が経つにつれ
マルタ人は徐々に島の運営に平等に
参加できるようになってゆきます。
その結果、1835年に政府評議会が設立
政府議員として島の政治に少しずつ関わる事が
できるようになっていったのです。

 

今のマルタの公用語である英語もこの時代の
名残りなんですね!

さてさて時代もついて20世紀に入ります。
次回は戦争時代のマルタについて。
引き続きよろしくお願いします✨

 

Miku

 

前の記事

次の記事