マルタの歴史⑥ー聖ヨハネ騎士団ー【Tales of Letters】

マルタの歴史第6回!

 

今回の時代は
栄光の騎士団時代(1500年-1800年)

そのうちかの有名な聖ヨハネ騎士団
時代を紹介します。

 

これがマルタ騎士団につながってゆきます。
聖ヨハネ騎士団の成立と活躍から早速
みてみましょう!

 

聖ヨハネ騎士団は
当時の三大騎士修道会
テンプル騎士団、ドイツ騎士団、聖ヨハネ騎士団
の一つです。


聖地エルサレムの防衛とキリスト教徒の護衛と保護
を目的としてつくられた
中世のローマ・カトリックの修道会です。
当時の騎士修道会はイスラム勢力との
激しい聖地争奪戦の主力として活躍していました。

聖ヨハネ騎士団のもとは
1023年頃にエルサレムのヨハネ修道院の跡に作られた
病院を兼ねた巡礼者宿泊施設の団体なのです。
巡礼者の保護と聖地エルサレムの保護のために
徐々に力をつけていき
最終的には騎士修道会を形作ってゆきます。

当時聖ヨハネ騎士団は、2つのの大要塞と
130にものぼる砦を守っていたと言われています。

 

1187年聖地エルサレムの陥落後、
この聖ヨハネ騎士団は現在のイスラエル北部の
アッコンまで撤退します。

また、当時のキプロス王が
この騎士団を恐れていたこともあり
1309年当時ビザンチン帝国領であった
ロードス島へ侵攻、占拠。
聖ヨハネ騎士団の本拠地としました。
そのため当時はロードス騎士団とも呼ばれていたのだとか。

その後、三大騎士修道会の一つ
テンプル騎士団が解体され、
その資産がロードス騎士団に分け与えられました。
また、他の騎士修道会が解体したことにより
唯一のイスラム勢力と戦う勢力となった騎士団は
ヨーロッパ諸国から多くの資金が寄付されたのです。

 

これにより、エルサレム陥落後以降、
衰退しつつあった騎士団を再興することが可能になってゆきます。

しかし後にはオスマン帝国の攻撃によりシチリアに撤退。

拠点失った騎士団はスペインの王で
神聖ローマ帝国の皇帝であったカール5世の斡旋で
マルタ島ゴゾ島を得ることになります。
聖ヨハネ騎士団はこうしてマルタ騎士団となっていったのです。

 

さて、いつにマルタ騎士団が出てきました!
次回はこのマルタ騎士団のお話しです。
お楽しみに!

 

Miku

前の記事
次の記事