マルタの歴史④ー支配下の時代ー【Tales of Letters】

マルタの歴史第4回です。

 

今回の時代は、
中世時代から騎士団時代①(1000年-1500年)

この期間は長いので、2回にわけて
お送り致しますね♫

今回はフランス勢力の時代まで!

 

シチリアのノルマン王より
マルタの支配は1194年まで続きます。

 

その間、1144年に東ローマのビザンチン帝国が
マルタの奪還のためマルタに押し寄せてきました。

ノルマン王はこのビザンチン帝国の阻止に成功し
ノルマン人とマルタ人関係は深まってゆきました。

これを機に、中世ヨーロッパ封建制度や
ラテン語イタリア語の影響を深く受けてゆきます。

その頃、ヨーロッパでは神聖ローマ帝国が
勢力を伸ばしつつありました。
この神聖ローマ帝国
現在のドイツ、オーストリア、チェコ、北イタリア
を中心とした国家です。
その後マルタも神聖ローマ帝国の支配下となります。

 

神聖ローマ帝国時代のマルタは
南イタリアの反乱などの犯罪に対する流浪地として使われていました。

 

1220年マルタでは神聖ローマ帝国の皇帝フリードリヒ2世
によるイスラム教徒であるムスリムの追放が開始。
これにより、1224年にはマルタのムスリム追放
ムスリムはいなくなったと言われています。

 

マルタの神聖ローマ帝国は1266年まで続きます。

 

その後、皇帝と大きく対立していたシチリア王朝は
皇帝の要請を受けた
フランス王ルイ9世の弟、アンジェ伯シャルルによって征服されます。
1282年、フランス、そしてアンジェ家に対する
シチリア市民の暴動が勃発。

その暴動と鼓動するように現れたスペインにあるアラゴン王国
ペトロ3世がシチリアに上陸
アンジェ家の軍隊を打ち破り
シチリア、マルタから追い出すことに成功しました。

この事件は「シチリアの晩祷」と語られています。

 

これにより、スペインのアラゴン王国が
シチリアを支配下に収め、アラゴン王国の王族の分家が
シチリア王として、シチリア、マルタを支配してゆくのです。

 

さて、今回はここまで!
フランス勢力が撤退すると、マルタはスペインの支配下と
なって行きます。
せわしく歴史が動くマルタ。
次回はどんな歴史を歩むのか、楽しみにお待ちください✨

 

Miku

 

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