マルタの歴史②ー流れ着いた聖人ー【Tales of Letters】

マルタの歴史第2回!

今回の時代は
フェニキアからローマまで!(紀元前1200年-300年頃)

 

紀元前1200年頃、マルタにフェニキア人やってきます。
フェニキア人は海の民族と呼ばれ、
地中海沿岸を船で交易を行いながら勢力を広げていました。

 

時代が進むと
ギリシア文明とこのフェニキア人と
地中海の覇権をかけ争ってゆきます。

このマルタ島もこの影響を受け、
紀元前800年頃、ギリシアの拠点が作られています。

しかし。ギリシアの文明は長くマルタに残ることはなく、
この地にはギリシアの遺跡は残りませんでした。

 

その後、カルタゴ文明が勢力を広げてゆきます。
このカルタゴ文明は北アフリカ全般を属州にし
シチリア島マルタも属州となりました。

 

同時にローマ文明が勢力を伸ばし、カルタゴ文明と
争いが起こります。
あの有名なポエニ戦争です。
結果はすべてカルタゴの敗北。

その結果、マルタは完全にローマの支配下に置かれます。

 

ローマ領となったマルタはローマ人の下
発展の時代へ。
しかし、カルタゴ、フェニキアの影響が残るマルタ
ローマ支配後もラテン語ギリシア語は使われず、
フェニキア語が使われ続けたといいます。

 

西暦60年頃このマルタに一人の聖人が船の難破
聖パウロです。
イエス・キリストの声を直接聞き、回心した後、
聖人となり多くの人にキリスト教を布教しました。

 

聖パウロがこのマルタに滞在中
ローマ人の首長のプーブリウスの家に招待されました。
その時プーブリウスの父はとてもひどい高熱でしたが
聖パウロはそれを癒したといいます。

この聖パウロの到来以降、
マルタではキリスト教が普及してゆきます。

 

さて、マルタのキリスト教が到来したところで
本日はここまで!
読んでくださった方、また次回に💗

 

Miku

 

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