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【著者プロフィール】人見知りで内気な僕が世界一周をするまでの経緯と旅の目的〜ぼくは保育士になるから旅をする〜

 

 

自己紹介

 

著者:ともひろ

 

1994年3月3日茨城県生まれ。
保育養成校卒業後、将来保育園を運営する理想の自分をデザインするために世界一周の旅へ!!

英語で話しかけられると冷や汗をかいてたような英語力からアイルランドで語学留学を経験。
ブログでは主に旅の様子や海外の保育園、保育事情を発信中。

 

保育養成校在学中に、自身の理想とする保育園やそれに基づく世界一周計画を述べ2000人以上にプレゼンする。
保育ドリームプランプレゼンテーション共感大賞、株式会社TABIPPO世界一周コンテストDREAM最優秀賞。

 

最近、なにか良いあだ名を模索中。

 

当ブログのテーマ

当ブログは、保育学生と保育士の間である著者が、主に現地で知った海外の保育や子育てと世界一周の旅の様子を発信するブログです。
僕自身が海外に意識があったにも関わらず、在学中に行動に起こせなかった経験から、保育×海外をキーワードに大学では学べなかった情報を主に発信中。

 

主な内容は、「海外の保育事情」「海外の保育園」「海外で子どもに関わる日本人」「新卒で保育士にならず旅してるやつの様子」です。

 

誕生から現在に至るまで

今でこそ世界一周の旅をしたり、海外でヒッチハイクをしたりと行動派な印象を持たれがちですが、生まれた家庭は海外とも縁は全くなく、昔の僕からしたら海外でヒッチハイクなんて考えられませんでした。笑

 

僕、誕生

1994年3月3日という女の子の日に魅力度ランキング最下位常連の茨城で、両親ともに小学校の先生、おじいちゃんは教育長というスーパー教育サラブレット家庭に3人兄弟の次男として誕生。

ちなみに、大叔父はGoogleのCMにも出た日本一長い駅名の名付け主。

 

 

小さい頃の記憶はあまりないですが、きっとこの写真の通りです。

 

友達は好きだけど人見知りな小学校時代

通っていた小学校では幼稚園から一緒に上がった友達も多く、両親が小学校の先生ということもあり成績も良く、充実した小学校ライフを送っていました。

 

小学校時代に自分で「やりたい!」と始めたサッカーでしたが、人見知りな僕は地域の主に4つの小学校から子どもが集まるサッカー少年団のみんなと打ち解けることが出来ず、練習に行くのが嫌になり、練習スケジュールに親の筆跡を真似して勝手に「休み」と書く情けなさMAX人間でした。

 

その人見知りで遠慮がちな性格から、ゴール前フリーでパスをもらってもシュートを打てず、結局公式戦で1点も決めることができず、僕のサッカー少年団人生は幕を閉じるのでした。

 

 

仲良かった友達が不良化していった中学校時代

小学校時代とは同じく友達や勉強にはあまり苦労はしませんでしたが、小学校では仲良かった友達がどんどん不良化していった中学校時代。
僕は不良にまではならなかったものの、家では反抗期爆発。
Wikipediaの内弁慶のページに僕の中学時代の写真を張っても良いくらいの典型的な内弁慶でした。

 

今思い出しても家族に申し訳なくなるような暴言を吐いたり、暴れたり。
過去の自分をぼっこぼこにしたいですねぇ。

 

この時は不良化した友達に流されて少しオラつくも、教育サラブレットの血が完全なる不良になることを阻み、なんとも中途半端なやつでした。
まあ、それでも不良にならなくてよかった。

 

 

将来の夢は世界最強の大剣使いの高校時代

中学を卒業し地元の自称進学校に進学するも、ほとんど勉強をせず、部活とモンハンに明け暮れる毎日でした。


モンスターハンターでは大剣を振り回し、自他ともに認める大剣使い。
大剣の使用回数に比例して学力は低下、数学と英語はほぼ毎回赤点。

 

友達やゲームで遊ぶ時間が好きで、将来のことなんてなにも考えていませんでした。

 

漠然と大学に行きたいと思っていても、将来やりたいこともなにもない。
大学に言って勉強したいと思うものも何もない。

 

高校の先生は、「大学は辞める人も多いから学部選びは慎重に」と何度も僕らに言っていました。
僕はあきっぽい性格なので、少しでも興味のあるものの大学に行こうと思い、小さないとこがいた影響で、「子どもが好き」というだけで大学に進学しました。

 

 

人生の転機となった大学時代

それまでずっと茨城の田舎で育っていた僕は、大学進学を機に神奈川県横浜市で1人暮らしをスタート。
大学入学当初は、大金である学費を払っているのだから必死に勉強しようという気持ちで満ちあふれていました。

 

保育士という仕事に絶望した初めての実習

大学1年の時、初めて保育園の現場での実習を1週間行いました。
後々その印象は変わることになりますが、この実習での率直な感想は、

 

「つまらなっっっ!!!!」

 

というものでした。笑

 

正直、「保育士という仕事を一生やっていくなんて無理だ。」と心から思いました。
しかし、問題なのは僕が通っていた学部は卒業生も周りもほとんどの人が保育士、幼稚園教諭、もしくは小学校教諭になる人ばかり。

 

1年の頃から「保育士としてやっていくなんて無理だ。」と思っているのに、この環境にいることにものすごく焦りを感じたことを覚えています。

 

ここから僕は、なんとなく人生や自分は何がしたいのかを考えるようになりました。

 

人生観を変えてくれた福島への1人旅

大学1年の春休み、僕自身も茨城で被害を受けたことによって関心のあった東日本大震災のボランティアに興味を持ち始めました。

 

その頃は福島の風評被害について興味があり、「とりあえず現地に行ってみよう!」と思い立ち、事前に何か調べることもなく夜行バスで人生初めての1人旅に出ました。

 

福島に就くなり観光案内所の地図をみて、「なんかニュースで聞いたことがある」というだけで飯館村に行こうと決めました。
観光案内所におばちゃんに行き方を聞くと「そんなところに何しに行くの?」と言わんばかりの顔でバスを案内してくれました。

しかし、バスは飯舘村の隣の川俣町までしか行かないらしく、そこからは歩いていくしかないとのこと。
案内されたバスを降りてから10㎞以上歩いてようやく飯舘村に着きました。

 

そして、着いてからそこが住民がみんな避難して誰もいないことを知りました。
家はカーテンが閉まって人の気配はなく、唯一郵便局にだけは復興の兆しとして職員さんがいました。

 

しかし、人見知りな僕はその人に話しかけることも出来ずに黙々と歩いて行きました。
人はいないと分かっても、せっかくここまで来て戻るのはいやだったのです。

 

歩き過ぎで膝は痛み、春だからと思ってコートも持たず、薄手で来た僕は完全に寒さにもやられました。
膝が痛むのをかばって休んでいると寒さに耐えられず、寒さをしのごうと歩き始めると膝が痛むダブルパンチでした。笑

 

しかし、日はどんどん沈み、道路に設置された温度計は0℃を示し、挙げ句の果てに次の南相馬市までは42㎞という標識が目に飛び込んで来て絶望しました。

 

僕はこのままどうなってしまうんだろうと、来ることのないバス停で0℃の寒さに凍えながら本当に怖くなりました。

 

それからはひたすら無心で歩きました。
何も考えず、膝の痛みと寒さに耐え、ひたすらに前へ前へと進みました。

 

すると、1台の車が停まってくれて、中からおじいちゃんが出て来て僕に話しかけてくれました。
なんと、次の南相馬まで乗っけてくれるというのです!!

 

あの時の車内の暖かさ、凍えていた体が溶けて行くような感覚は5年経った今でも覚えています。

 

車内で僕は再三お礼を言ってから、僕が福島に来た理由を話しました。
すると、おもむろにそのおじいちゃんはとある資料をみせてくれました。

 

中身はしっかりとは覚えていません。
というより、その頃の僕には理解出来ていなかったという方が正しいかもしれましせん。

 

それを察してか、おじいちゃんは僕にこう語りかけました。

 

「放射能汚染された農地をすべて除染するには何兆円という国家予算何年分ものお金が必要なんだ。若者はこれを知ってどう思う?」

 

 

「何兆円?」

 

「国家予算?」

 

 

僕のキャパシティを超えたワードが出て来て、僕はその問いに答えることが出来ませんでした。

 

 

そのまま南相馬市まで送ってもらい、ビジネスホテルの予約までそのおじいちゃんはしてくました。

 

その日の夜、ビジネスホテルのベッドで今まで感じたことのない感情が押し寄せました。

 

こんなデカい問題を知らなかった自分の無知さ。
福島の状態をろくに調べることもせずに来て、挙げ句の果てに現地の人に助けられる情けなさ。

 

しばらくその自分を責める感情と、
「知らなくたってしょうがない。自分ではどうにも出来ない問題なんだから考えても仕方ない。」そうやって自分を守りたい言い訳をする自分との戦いでした。

 

結果、自分を守りたい僕はぼこぼこに負け、自分の無知さと情けなさを恥じて一晩中泣きました。

 

今まで将来や社会に対して何も考えず何も知らなかったけど、確実に社会にはたくさんの問題があるんだということをまざまざと見せつけられらた経験でした。

 

この経験から何かに対して問題意識を持つこと、そしてその問題を解決したければそれなりの実力がなきゃなにも出来ないということを学び、自分の出来る範囲でも実力をつけ、「自分が解決したい問題やその相手は誰なのか?」を真剣に考える大きなきっかけとなりました。

 

 

自己表現が苦手でうつ病と診断される

福島での経験から問題意識の大切さを学んでから、子どもを取り巻く環境に対して様々な問題意識をもつようになりました。
このころには、尊敬できる大学の先生や保育士の方とも出会って、保育がいかにプロフェッショナルな仕事かを知り、保育の道に進むことは決めていました。

 

そして、自分の経験からこんな保育園を作りたい、そのために世界一周したいと思いはじめたものの、世の中の風潮的に他とは違う目立った行動をする人は「意識高い系」とか揶揄される時代。

 

そんな風潮にのまれて僕の考えや、やりたいことを周りに表現することが出来ず、やりたいことがあるのにそれに向かって行動出来ていないことが苦しくて仕方ありませんでした。

 

大学4年が始まったころには夜にまったく眠れず、朝日が昇って少し明るくなってからでないと眠れなくなってしまいました。
授業にも毎回遅刻して、資格取得や卒業すら危うい状況に。

 

その後、僕は横浜の精神科医を受診し、うつ病という診断を受けました。

通院と薬によって治療していましたが、うつ病という診断を受けてから「自分はうつ病なんだ。」と強く意識してしまい、さらに悪化。
自分自身に強く噛み付いたり、頭を壁に打ち付けたりと軽めの自傷行為までしていました。

 

それでも自分の夢をどこかで表現したかった

それでも僕は自分の夢を誰かに伝えたいと思っていました。
なぜなら、保育園なんて運営者のエゴで作ったって意味がない。

必要とする子どもや親、そこで働く保育士の人が「それいい!」と思ってくれなければ、例え自分が理想とする保育園を作ったって意味がないと思っていたからです。

 

そこで僕は自分のやりたいことをプレゼン形式で表現できる場をいくつか見つけました。

 

そこで出会ったのが僕がブログを書いているこの留学ギアの、優勝者は留学が無料で出来るOneProjectと、保育ドリームプランプレゼンテーション、そして、株式会社TABIPPOの世界一周コンテストDREAMでした。

 

こういうイベントなら自分のやりたいことを表現出来る、そしてそれらを開催している人は僕のやりたいことを受け入れてくれる人達でした。

 

それらが開催される大学4年の後半、様々な人の力を借りつつ、ようやく自分がやりたいことをプレゼンにして多くの人に話せるところまでこぎつけました。

 

OneProjectでは惜しくも優勝は出来ず全額無料とまではいきませんでしたが、留学費用の一部を支援してもらい世界一周で必要な英語を学ぶためにサポートして頂いています。

 

残り2つの結果は、
保育ドリームプランプレゼンテーションでは、約300人の前でプレゼンを行い、観客の投票による最も共感した人に送られる共感大賞を受賞。
TABIPPOの世界一周コンテストDREAMでは約1800人の前でプレゼンを行い、最優秀賞に選ばれ世界一周航空券を手に入れることが出来ました。

 

世界一周航空券を手に入れたことも大きかったですが、多くに人にプレゼンすることによって応援してくれる人が増え、様々な人に協力してもらいながら、ついに世界一周をスタートしました。

 

僕が世界一周をする理由

僕が世界一周をする理由は、将来自分のなりたい保育士像を考えた時に、自分をデザインする方法として世界一周が一番良いと考えたからです。

 

僕は日常的にグローカルな環境を取り入れつつ、学びの根源である好奇心を刺激する保育園を作りたいと考えています。
そんな保育園を立ち上げたときにどうなっていたいかを考えると、

1.外国人と言語でコミュニケーションがとれる。
2.自分自身が好奇心に敏感になる。
3.自分自身がグローバルな文化や価値観を受け入れられる耐性を持っておく。
4,理論と実践に基づいた専門性を獲得する。

などなど。
4は保育士として現場を積むことが必要ですが、1〜3を獲得するには世界一周で色んな国を旅するのが1番手っ取り早いだろうということで世界一周することにしました。

 

なので、そのために英語力0から改善するためにアイルランドで語学留学をしたり、比較的治安の良い国ではヒッチハイクをしたりや訪れる国の現地の人と関わったりするように心がけています。

 

ブログで海外の保育園について書いたりすることもありますが、あくまでそれは旅のサブテーマであって、縁があったら訪れようくらいの感覚で行っています。

 

 

僕がブログを書く理由

まず、ブログのタイトルについて。

保育養成校の学生の方には、保育士なるためにきっと色々な活動をする人も多いかと思います。
保育園でボランティアをして、少しでも現場経験を積むという人もいれば、あえて保育士になる前にあえて保育士とは全く関係のない仕事をするという人もいるでしょう。

 

「保育士になるからこのボランティアする。」

「保育士になるからこの勉強をする。」

 

そのなかで旅なんて、一見保育士なるなんて関係なさそうに見えます。
しかし僕は、あくまで将来保育士になってこの経験を子ども達に還元するために世界一周の旅を選択しました。

 

・この旅はあくまで保育士になることを前提としたもの
・保育士になる前にこんな選択をしてるやつがいる

 

これらを表現するために、当ブログのタイトルは「ぼくは保育士になるから旅をする。」というタイトルにしました。

 

 

次に、僕がブログを書いて発信している理由について。

僕がブログで発信する大きな理由の1つは、過去の自分のような人を少しでも救いたいからです。

 

僕はこの世界一周に出て良かったと思っていますが、これまでのきっかけがなにかしら欠けていたら、未だに心を病みながら生活をしていたかもしれません。

 

自分だけでなにかを決めて、行動出来る人ならば問題ありませんが、「こんなことしたいけど、どうすればいいか分からない。」「こんなことしてもいいのかな。」そんな風に考えている人の背中を押すために、まずは、新卒捨てて世界一周してるようなやつもいるということを知って欲しい。笑

 

 

特に保育士を目指している学生や、それ以前で「子どもが好きで子ども関連の仕事がしたい」と思っている人の味方になり、応援したいのです。

 

 

そして、もう1つの理由は海外の保育園や保育事情を発信すること

今の日本はものすごく保育に注目が集まっている時代。
そんななか、海外諸国は保育や子どもをどのように捉えているのか。
海外の状況を知ることで、こんな考え方もあるんだと視野の広がるきっかけになれば幸いです。

 

そして、これは世界一周にでて新たに見えて来たテーマ。
海外で子どもと関わる活躍をしている日本人の方を紹介すること。

 

新しい国に行くとまず、日本人の方で子どもと関わりの深い人物を探します。
それが、1番現地の情報を知るのに効率的だと思うからです。

 

その中で、僕が知らなかっただけで海外で活躍されている日本人はたくさんいることを知りました。

今まで出会った方で言うと、

・日系保育園を立ち上げた人
・海外の特別支援学校で働いている人
・子どもと日本語や森で遊ぶ活動を行っている人
・海外保育園でインターンしている保育学生

など、ざっと思い浮かべただけでこれだけの人います。
僕は良く世界一周をすると、「すごい!」とか言われることもありますが、それよりも海外で現地にとけ込みつつ専門性を持ち合わせたこれらの人々の方がよっぽどすごいです。

 

きっと、これからも海外で志を持って子どもと関わる活動や仕事を行っている人はたくさん出会うでしょう。

 

先ほど、保育士になる前に世界一周してるようなやつもいると言いましたが、それと同時に海外で子どもと関わる仕事をしている人もいることを知って欲しいです。
先ほど挙げたみなさんは、みんな日本生まれ日本育ちの方です。

「子どもと関わる仕事」にも、海外という選択肢は紛れもなく存在します。

 

そういう人達のキャリアも紹介しながら、「子どもと関わる仕事がしたい」という人達にこんな形もあるんだ。ということを伝えられたらと思います。

 

僕が子どもを好きになったきっかけ

僕が子どもを好きになったきっかけは、先ほど少し書いたように、いとこの影響でした。

 

僕は次男坊だったので、兄にはなにをしても勝てず、5つ下の弟は末っ子でかわいがられ、なんだか親に相手にされていない気がしてなんだか満たされない気分でいっぱいでした。
真ん中っ子あるあるですね。笑

 

そのストレスの腹いせに弟にちょっかいをだしては親に怒られ、また自分の想いとは裏腹に溝は深くなるばかりでした。
小学生低学年あたりなんかは、毎日泣いていました。
自分でも「小学生になってまでなんで毎日泣いてんだろ。」と、ふと自分を情けなく思ったのを覚えてます。笑

 

極端な言い方をすれば、「家族の誰も僕を必要としていないんじゃないか」なんて子ども心に考えていたことを覚えています。

 

そんな中で僕はいとこと出会いました。
いとこと会えたのは年に1,2回くらいでしたが、それでも会えるのがなによりの楽しみでした。

 

いとこは僕と遊びたがってくれて、手をつなぎたがってくれて、お別れの時には駅で大泣きしてくれることもしばしばでした。

 

僕も子どもながらに、その自分を必要とされている感覚がとても嬉しかった。
その経験から僕は小さな子どもが大好きになり、そこから保育士を目指すに至りました。

 

もちろん、これはただの子どもを好きになるきっかけであって、今はその欲求を満たすために保育士をしたいと考えているわけではないことは強く主張しておきます。笑

 

今はその大好きな子どもが健やかに生きづらい世の中になっていることへの問題意識が、保育にかかわる仕事をしたいと思うモチベーションです。

 

 

最後に

ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。

 

すごい真面目で固い文章も多かったかもしれませんが、実際の僕は超低クオリティなベイマックスを作ったり、1晩中1人暮らし用の3号炊き炊飯器フル回転させて、学科のスポーツ大会でみんなに振る舞うためにおにぎりを100個くらい握ったり、バケツでゼリーを作ったりとふざけたことと人が大好きで真面目とはほど遠い人間です。笑

 

 

 

なので、先ほど書いたような、「子どもと関わる仕事がしたいけど、やりたいことと進路が曖昧」という方がいれば、ぜひお気軽に連絡してくださいね。

 

 

海外で色んな人に学びながら少し真面目っぽいブログも多くなるかもしれませんが、若者らしさも出しながらこれからも旅とブログを続けて行こうと思います。

 

 

 

それではっっっっっ!!!!

 

 

いっっっっっってきまぁぁぁぁぁぁぁっっっっす!!!!!!!

 

 

twitter @tomtomtomohiro
instagram tomtomtomohiro03


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